誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)などの口腔内の細菌を原因とする疾患の予防、口腔機能維持によるQOLの向上など、様々な利点がある口腔ケア。ケアを上手く行いたいと考えると技術的な面がクローズアップされがちですが、継続してケアを行い環境を良好に保ち続けるためには、利用者やそのご家族、介護職員や歯科医師といった関係者同士の信頼関係や相互理解が欠かせません。
そこで今回は、施設等での口腔ケアに携わる歯科医師の陸田美樹先生に、ケアを行うスタッフは関係者とどのように関わっていけばよいのか、詳しいお話を伺いました。
焦らず、利用者さんとの信頼関係を築く
はじめてケアを行う時は緊張している利用者さんが多いので、マッサージや声掛けなどしながら徐々に慣らしていきます。いきなり口腔ケアに入る、ということはまずありません。「口の中を触られる」というのは疲れることなので、いかに苦痛を与えないかが重要です。
人見知りの方だと特に拒否されやすいので、声をかける時も後ろからではなく横から、上からでなく下からといったように、嫌な感情を与えないように気を付けましょう。
調子が悪い時などはずっと拒否される方もいらっしゃいますが、その場合はそれ以上アプローチせず、できる時に進めるようにします。
緊急の場合などは押さえることも必要ですが、無理をすると嫌な思いをしたことが残ってしまって拒否がより強くなってしまいますから。
もちろん認知症の方の場合はケアしたことを覚えていないことが多いですが、「気持ちいい」「すっきりする」という感情は残るので、関係ができてくるとだんだん協力してくださるようになります。
状況を理解できる方には、ケアの重要性をきちんとお伝えすることも大切です。
以前ケアした方で、はじめは歯茎に歯ブラシが触れるだけで痛いという状況の方がいらしたんですが、
「今は炎症があるので痛みが強いですが、良くなれば治まるので週1だけでもやりましょう」とお声をかけてケアを続けました。するとだんだん出血が引き、痛みも減ってきたようで
以前は拒否していた歯磨きも毎日行えるようになりました。
利用者さんが口腔ケアの意義を感じてくれるようになると、協力体制ができてケアが上手くいくんですね。
介護職員と歯科医との連携をスムーズに
介護職員が日々のケアを行い、歯科医が対応しきれなかった分をケアする。
利用者さんの口腔環境を良好に維持する為には、そういった連携が重要です。
そこで私は歯科医として、職員の方との連携をスムーズにするために、ケアの目的と経過を毎回説明して状況を共有するようにしています。
また、処置の内容を書き留めておき、後で確認できる形に残しておきます。
同時に、職員側からの歯科医への働きかけも必要だと思います。
例えば、ケアしにくい方がいたら一人で悩むのではなく、相談してほしいですね。
その際は、口頭で説明を受けるのではなく、歯科医が実際にケアしているところを見学することをおすすめします。
患者さんひとりひとりで必要な処置は変わりますので、実際に見てみないと理解しにくいかと思います。
また、「最近入れ歯をよく外す」など気になることがあったらどんどん言っていただきたいです。やはり歯科医は普段の状況は分かりませんから。
このように介護職員と歯科医がお互いに情報を発信し連携することで、ケアのレベルを上げていくことが理想ですね。
口腔ケアに対するご家族の理解を深める
口腔ケア成功のためには、利用者さんのご家族の理解も欠かせません。なぜ口腔ケアを行う必要があるのか、利用者さんはどのくらい改善してきていて、今どんな状態にあるのかを、ご家族に説明することが非常に大切です。
「特に必要のないことをやっているのでは」と思われてしまうと、ケアは上手くいきませんから。
極端なことを言うと、一時的に口内環境が改善しても、ご家族にケアが不要だと判断され継続されなかったら状況は悪化してしまいます。
口腔ケアの目的を「単に口の中をキレイにすること」と認識しているご家族は多いと思います。でも本当はそうではなくて、疾患予防という側面も非常に大きいんです。例えば、高齢者は気管に唾液などが誤って入ってしまうことが多いんですけど、その時口腔環境が悪くて細菌が多いと肺炎を引き起こしてしまうんですね。これが誤嚥性肺炎と呼ばれる疾患です。他には血管内に細菌が繁殖して血栓ができたり、歯槽膿漏が腫れて熱が出ることもあります。
健康を維持する為には「入口」である口腔内を清潔にして、体内に菌が入らないようにすることが非常に重要、ということをご家族にもぜひ分かっていただきたいですね。
陸田 美樹ひまわりデンタルクリニック院長。5年前、通院が難しい患者さんの要望から訪問歯科を開始し、高齢者の口腔機能維持の重要性を実感する。現在ではグループホーム等に週1回訪問し、口腔ケア及び治療を実施している。
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